著者の井上雄彦さんといえば、『SLAM DUNK』、『バガボンド』などで知られる漫画界の巨匠。中でも『SLAM DUNK』は私の青春時代に流行し、影響を受けたものです。バスケットゴールを自分らでつくるなどして、スリー・オン・スリーを暗くなるまでするといったことを毎日のようにやっていました。

その井上さんが円空の足跡を求めて旅をするという企画の本:『円空を旅する』(井上雄彦/美術出版社)が気になり読んでみました。

円空仏(正面金剛神像)
円空仏 正面金剛神像 ENKU statue of Buddha / puffyjet

円空は江戸初期の僧で近畿から北海道までの間を行脚しながら生涯に12万体の仏像をつくったといわれています。諸国を旅する中で一宿一飯のお礼に民衆に仏像を渡していたそうですが、12万体とはとてつもない制作スピードです。円空がつくった仏像の特徴は、鑿(のみ)や鉈(なた)で木の素材感を丸出しに彫り出したところでですが、この作風は旅の中で必要に迫られて培われたのかもしれません。

円空仏(稲荷大明神像)
円空仏 稲荷大明神像 ENKU statue of Buddha / puffyjet

井上さんは漫画家である自分を円空に重ねたり、自分の作品を円空仏に重ね合わせたりしながら旅をしているのが印象的です。人と人に囲まれ親しまれる円空仏を見て次のように語っています。

円空さんは漫画家のご先祖様にも思えます。漫画は高尚なものではなく、大衆のもの。円空さんはその土地の人たちに向けて仏像を彫り、その円空仏は、今の生活の中で役割を果たしている。自分の描いている漫画がこう存在することができたらと思うあり方を、円空仏は実現していました。

円空仏のあの絶妙な笑顔は、円空さんの内面の表れだと思います。僕は自分が描いている漫画でも、キャラクターをふと見返したときに、意識しないところで顔が変化していることに気がつくときがあります。例えば顔の表情が硬いのは、やはり自分の心の状態がそのときギスギスしているから。そういうときはおそらく、強力な自我を必要以上に誇示しようとしているんですね。だんだんと自我が削られていくと、キャラクターの顔も柔らかくなっていく。『バカボンド』の武蔵も、そういう変化の過程にあると思います。

井上さんが写った写真もふんだんに掲載されていますが、井上さん自身の表情も柔和で庶民的な雰囲気が井上さんがイメージする円空と重なります。また、『バカボンド』では筆で人間の表情を綿密に描いているわけですが、これは人間の内面を素直に表出するための手段のように思えます。試行錯誤しながら前に進んでいく井上さんを漫画を通して見てみたくなりました。