生徒さんの中に本やテレビで以下ような言葉に触れ、感銘を受けたとおっしゃる方がいらっしゃいます。
「木、石の中にあらかじめ像が宿っており、彫るということはその出現を手助けするだけ」
このような言葉は古くはダビデ像で有名なミケランジェロ(1475年~1564年)も述べたとされています。

ミケランジェロのダビデ像

ミケランジェロのダビデ像

また文学では、ミケランジェロの言葉をヒントに夏目漱石が『夢十夜』(ゆめじゅうや、1908年発表)の第六夜を書いたとされています。あらすじは次のとおり。

  1. 運慶が仁王を彫っているところを主人公が見て
    「よくああ無造作むぞうさに鑿(のみ)を使って、思うような眉や鼻ができるものだな」と独り言のように言う。
  2. 近くにいた男から
    「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋うまっているのを、鑿と槌(つち)の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と教えてもらう。
  3. 誰にでもできる事だと思い、自分で仁王を彫ってみるためにさっそく家へ帰る。
  4. 一つ目、二つ目、三つ目と積んである薪を片っ端から彫ってみるも、仁王が入っている木を運悪く見つけることはできず・・・。

夢十夜は青空文庫にて無料で読めます(正確な作品の解釈を省きましたが、幻想小説であることを理解していれば何となく分かるかと思います)。

彫るスタンスというのは色々とあると思いますが、他人の考え方の一部分だけを取り込もうとすると、『夢十夜』第六夜の主人公のようになりかねませんので、ご注意ください。