彫りを止めることを怖がる理由

共通,木彫の道心得、心構え

人は、止まることを怖がる

制作に限らず、判断の途中で手が止まると、
「まだ決まっていない」「正しいか分からない」という不安が一気に表に出ます。

だから人は、「止まる」よりも「何かする」ほうを選びやすくなります。


なぜ、止まるのが怖いのか

手を止めると、
それまで作業の中に隠れていた迷いが、
「決めきれていない自分」として、むき出しになります。

その状態に耐えられず、
人は手を動かし続けてしまうのです。


動いているほうが、安心できる

動いていれば、少なくとも
「前に進んでいる感じ」は得られます。

一方で、止まることは、
結果も理由も持たないまま、
時間だけが過ぎていく感覚を伴います。

それが、人にとって怖いのです。


しかし、判断は動きの中では育たない

手を動かしている間にも、
いくつもの可能性は行き来しています。

けれど、それらは、
手を動かしている最中には、ほとんど姿を現しません。

かたちの流れ。
全体のバランス。
わずかな違和感。

それらは、手を止めたときに初めて、
はっきりと認識できるものです。


早く決めようとすると、判断は浅くなる

迷いを嫌って早く決めようとすると、
判断は「正しいかどうか」ではなく、
「不安が減るかどうか」で選ばれやすくなります。

その一手は、
あとで修正する時間を生むことが少なくありません。

止まることは、遅れることではありません。
判断を雑にしないための、必要な「間(ま)」です。


木と向き合うとは、決めない時間を許すこと

木と向き合うとは、
すぐに決めることではありません。

刃を入れる前に、
一度、手を止めます。
置き、眺め、距離を取ります。

そうして初めて、
「触るべき場所」と
「触らないほうがよい場所」が見えてきます。

制作には、
決断ではなく、
判断を寝かせる工程が、確かに存在します。


止まることで、判断は静かに育つ

止まることを、恐れる必要はありません。

手を止めた瞬間、
行動は止まっているように見えても、
判断は静かに育っています。

止まることで思考は整理され、
選択肢は自然に浮かび上がります。
無理に進めば、判断は雑になり、
余計な迷いや後悔を生みます。

制作でも、日常でも同じです。
焦らず、急がず、
ただ状況を受け止める時間を持つこと。
それだけで、次に進むべき方向は見えてきます。


手が止まることは、弱さではない

手が止まることは、弱さではありません。
それはむしろ、
自分の判断を大切にしている証です。

止まれることこそが、
正しい判断の始まりであり、
迷いを抱えたままでも、
前に進む力になります。

このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の転載を一切禁じます。

広告