上手く彫ろうとすると、彫れなくなる理由
未来が、手元に入り込むとき
彫っているとき、
「上手く彫ろう」と思った瞬間に、
手が重くなることがあります。
慎重になったからではありません。
技術が足りないからでもありません。
その瞬間、
手元にあるはずの時間に、
未来が入り込んでいます。
完成した姿。
評価されるかどうか。
失敗と呼ばれる可能性。
まだ起きていないものが、
いま入れる一手の中に、混ざり込みます。
「いまのベストを尽くす」は、間違っていない
判断の場面で、
「いまのベストを尽くそう」と考えること自体は、
まったく間違っていません。
この一手は、いま出来る中で最善か。
後で後悔しないか。
失敗にならないか。
そう問い直す姿勢は、
彫りに向き合っている証でもあります。
判断は重要です。
軽くしていいものではありません。
途中の判断は、形として残る
料理で火を入れているとき、
一度、火を通しすぎてしまえば、
後から取り戻すことはできません。
その判断は、
味や食感として残り続けます。
木彫も同じです。
一度入れた刃は、
形として残ります。
途中の判断が、
そのまま結果に連なっていきます。
判断が重くなりすぎるとき
問題は、
その一手に背負わせるものが、
多くなりすぎることです。
一手一手が結果につながるからこそ、
その一手を、
「最終的な評価」まで含んだ判断にしてしまいます。
完成の是非。
作品としての成否。
取り返しがつくかどうか。
それらすべてを、
刃を入れる前に引き受けようとすると、
判断は行為を妨げることになりかねません。
彫りは、「いま扱える情報」で進む
彫刻刀が触れているのは、
常に「いま」です。
刃先が触れている木の繊維。
その硬さ。
その向き。
その場で確かめられる情報だけが、
いまの判断を支えます。
結果と連なっているからこそ、
いま扱える情報の範囲を、
正確に見極める必要があります。
評価を先取りすると、動きが止まる
評価は、
本来、あとから立ち上がるものです。
けれど、それを先取りすると、
一手は彫りではなく、
結果への賭けに変わります。
答えの出ない問いを抱えたまま、
人は動こうとします。
だから、
手が止まります。
それは迷いではありません。
判断の荷重が、過剰になっている状態です。
「上手く彫らない」という選択
「上手く彫ろうとしない」というのは、
投げやりになることではありません。
判断を放棄することでもありません。
ただ、
一手に背負わせる範囲を、
正しく区切るということです。
いま扱える情報で、
いま引き受けられる判断をする。
彫りは、
それを積み重ねる行為です。
上手く彫ろうとした瞬間に、
彫れなくなる理由は、
そこにあります。








