彫っていない時間も、制作である

共通,木彫の道心得、心構え

彫っていない時間は、何をしているのか

制作というと、
彫っている時間そのものを思い浮かべがちです。

しかし実際には、
手を動かしていない時間のほうが長い、
ということも珍しくありません。

木の前に立っているだけの時間。
少し離れて眺めている時間。
何もせず、ただ置いている時間。

それらは一見すると、
制作が止まっているように見えるかもしれません。

けれど私は、
その時間も制作の一部だと考えています。


何もしていないように見える時間

彫っていない時間には、
特別な作業があるわけではありません。

ただ見ている。
触らずに置いている。
距離を変え、角度を変え、
光の当たり方を確かめる。

外から見れば、
何も起きていないように映る時間です。

ですが、
形との距離がいったん緩められ、
見え方が変わるための時間でもあります。


時間が形に与えるもの

彫刻は、
連続した行為の積み重ねだけで進むものではありません。

時間を置くことで、
それまで見えていなかった輪郭が
自然と浮かび上がってくることがあります。

急いで結論を出さず、
あえて距離を保つことで、
形そのものが語り始めるような感覚が生まれることもあります。

それは、
何かを「考えている」というよりも、
形と同じ時間を過ごしている、
という状態に近いかもしれません。


彫っていないからこそ起きていること

手を止めている時間は、
制作を休んでいる時間ではありません。

形が落ち着くのを待ち、
こちらの見え方が変わるのを待ち、
関係が少しずつ整っていく時間です。

彫らないことによって、
制作が深まる局面も確かに存在します。

その時間があるからこそ、
再び手を入れるときに、
形との距離が無理のないものになります。


制作は、彫っている時間だけでできていない

制作とは、
常に何かをしている状態だけを指すものではありません。

動かない時間。
決めない時間。
触らない時間。

そうした時間も含めて、
ひとつの制作が形づくられていきます。

彫っていない時間も、
確かに制作の中にあります。

このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の転載を一切禁じます。

広告